CAST

―脚本化にあたってどんなことを意識しましたか?

(脚本家の)黒沢久子さんに、ほぼお任せしました。というのも、その原作が好きだからこそ映画化するので、自分では好き過ぎてどう脚本化したらいいのか頭を抱えてしまうんですね。原作通りに映画化してしまうと3時間以上になってしまいますから、黒沢さんなら何とかしてくれるはず! と信頼しきっていました。魅力的な登場人物が多い小説なので、泣く泣く削ったキャラクターもいます。劇作家もなさっている中沢さんが書いた小説はセリフも素晴らしいので、原作のテンポ感をどう生かすのか、黒沢さんが心を砕いて下さいました。

―キャスティングについてお聞かせ下さい。

最初に上野さんのお名前が出た時、面白くなる!と直感しました。個人的に上野さんは「陽」のイメージだったので、彩のような「グレー」な人物をどう演じてくれるのか、楽しみでした。お父さん役には、黙っていても父親としての畏怖がある人を思い描いていて、藤さんがこういう役を演じてくださったら、予測のつかない面白さがあるはずと、ダメ元でお願いしました。伊藤さんは、原作を読んだときからリリーさん以外思い浮かばなかったです。結果的に、この組み合わせ以外は考えられないアンサンブルになったと思います。

―3人にはどのような演出をしましたか?

最初に説明しすぎると演技を限定してしまうので、全体のバランスを見つつ、間の修正やセリフのニュアンスについての話を少ししたくらいです。予想もしなかったことが起きて私にとって収穫も多かったですし、この3人だからこそ生まれたものがたくさんあります。
私が細かく言わなくても、上野さんは、子どもの頃からお父さんに「お前はダメだ」と言われ続けてきたんだろうなというリアリティをもって彩の居方を表現してくれました。あんなに背も高くて手も脚も長くて顔もきれいなのに、ちょっと猫背、っていうところとか(笑)。
『上野樹里』という人が持っている肉体を通して「彩」が生まれている、という感じでした。たとえば、アパートにお父さんがやって来て「朝からこんなにこってりしたものでいいのかな」って言われる場面。上野さんはどんな風に演じるんだろう? と思いつつ何も言わずにまず演じてもらったら、モリモリ食べたんですよ。
お父さんが来て憂鬱なのに、でも、だからこそ、この食べ方は新鮮だな、これが彩の生命力なんだなと私のなかでも腑に落ちるものがありました。食べないとやってられないですから(笑)。

―撮影に入る前に、彩のキャラクターについて上野さんに伝えたことは?

特になかったのですが、当時29歳の上野さんが34歳の女の人について想像するのは大変だったのではないかと思います。20代の頃って、30代の自分はもっとしっかりしているはずという希望的観測があるじゃないですか。私の年齢から見ると「34歳ってこんなもんだよな」という感じですが、上野さんの年齢から見ると「34歳なのにこれでいいのかな」って不安になるというか…。でも撮影に入る前に上野さんから「髪を切ったらどうでしょう?」と提案があって、それをきっかけに色々なものをつかんでいったように見えました。髪はすっきり短くして、色は茶色より黒の方がいいんじゃないか、とか。そうやってどんな手がかりでも必死につかもうとする、すごく真摯で真面目な方でしたね。

―藤さんとご一緒された印象は?

上野さんと藤さんに共通しているのが、役作りに役立つかもしれないことを全部やってみて下さるところです。撮影に入る前に藤さんは、長野のお父さんの出身地のあたりをおひとりでめぐったとうかがいました。「時代劇のときはどうなさるんですか?」と聞いたら、やっぱり舞台になる地方に行って、関係者の方にご自分で連絡をして行ってみるんだとおっしゃっていて。意外でもあり、頭の下がる思いがしました。現場に入って来るときは白シャツにジーンズでダンディな雰囲気なのですが、お父さんを演じるときは内股で猫背になる。それもご本人が考えて、自然にやってらっしゃいました。

―リリーさんはいかがでしたか?

リリーさんの人生について詳しく知っているわけではありませんが、今まで正しくきちんと傷付いてきた人なんじゃないか、という風に勝手に思いました。伊藤さんが手を差し伸べるところと差し伸べないところの加減が、リリーさんが演じているからこそ絶妙のバランスに落ち着いたんじゃないかと思います。ひとりで生家に帰っていたお父さんに「伊藤さん、僕と一緒にここで暮らさないかな?」と言われて、「なんで僕があなたと暮らさなきゃいけないんですか」と突き放す場面がありますよね。リリーさんからは“あなた”っていうのが気にかかる、という話があって。どうやったらいいと思いますか? とリリーさんに聞かれたのは、あのシーンだけです。私は饒舌に語るタイプの監督ではないので、まずはやってみてもらって、ということになり、何の問題もなくいいお芝居を見せてくれました。藤さんとリリーさんの共演は、枯れ専、というとお二人に非常に失礼ですが(笑)、ダンディな年上好きの女子にもたまらないと思います(笑)。

―“音”を細やかに作りこまれていた印象を受けました。

スプーンがカチャカチャいう音とか、“彩が想像する音”にこだわりました。どれくらいの厚みの音がいいのか、人の声が少し入っていたほうがいいのか、音楽も入れたほうがいいのか…。お父さんが持っているスプーンの秘密については原作にも詳しい描写がないんです。たとえば映画の中で明確な答えを出すこともできたかもしれません。実は一度だけチャレンジしたのですが、でも、明かしてしまうことのつまらなさったらないな、と。なので、今回は音で感情を表現するというチャレンジをしています。あとは雷の音ですね。最後に落ちる雷を一番強い印象にするために、そこまでの光と音をどう上げていくか、何度も調整しました。

―ユニコーンの楽曲は監督のリクエストだったと伺っています。

これは彩の顔で終わる映画になるだろうということは最初から思っていて、その時に女の人の声で彩の背中を押すのはちょっと違うかな、今作に関しては、いい感じに嫌な感じになるなと(笑)と感じていました。伊藤さんくらいの世代のアーティストの方の声で、どこか遠くで見守っている感じの曲がいいんじゃないかな、と。ままならない人たちをままならないまま受け止めてくれる、でも優しいだけじゃない目線のある曲だと思います。中学生の頃からユニコーンの大ファンだったので、今でも信じられず、とても幸せです。

―監督が描くヒロイン像には、どんな共通点があると思いますか?

一生懸命、自分で自分の人生に折り合いをつけようとしている、というところでしょうか。他人に認められるとかではなく、結局自分の人生って自分でどうにかしなきゃいけないんだよねっていうことを、大なり小なり気づける人たちを描いてきていると思います。笑っていればかわいいのに愛想笑いができないタイプも多いですよね(笑)。楽な道を選びとれる容姿を持っているのに、それを活かそうとしない。周りに合わせて無理に笑って、疲れちゃうことってよくあると思うんですが、彩の場合は就職していたこともあるので、無理していた時期もあったんだと思います。きっとすごく頑張ってきたんだけれど、ある時、もう無理するのをやめたわけですよね。それはきっと、何かを諦めたり、自分の限界を知ったり、なんらか、傷ついてきた人だと思っています。

―監督はここ数年、家族の物語を描いていますよね。

自分で意識しているわけではなく、たまたま企画として成立したのが家族の物語なんです。私個人のテーマというよりも、今、世の中的に求められている題材なのかもしれません。よその家族を見ながら、ならば自分の家族って? と考えることができる映画が成立しているのかな、と。企画として決まったものから監督してきた結果なのですが、家族を描く映画は日本だけではなく世界中でたくさん作られていますよね。それは家族という単位が多くの人にとって一番身近で面倒くさくて、謎だからだと思うんです。様々な形の“理想の家族”にとらわれて苦しんでいる人も多いのではないかと思います。

―お父さんと彩が求めているものが違うように、家族への幻想は世代によっても差がありますよね。

そう思います。これは彩が揺れ動きながら最後には一歩を踏み出す物語であり、それと同時に居場所をなくしたお父さんが自分の最後にどう始末をつけるのかという物語でもあるんです。柿の木のある家を失って心のよりどころもなくしたけれど、かつての教え子の存在によって自信を取り戻すことができた。だからこそ子どもたちに迷惑をかけないようにしようと、お父さんも一歩を踏み出すことができたんですね。

―家族の物語のなかで、伊藤さんという他者が大きな役割を果たしています。

伊藤さんがいたからこそ、お父さんがずっと苦手で反発してきた彩が一歩を踏み出すことができたのだと思います。背中を押してくれた伊藤さんとの良い距離感の関係も彩が作ってきたものだし、困難が待っているとわかっていても駆け出すことができた彩のことを、私はすごく尊敬しているんです。親と仲がいいわけではないけれど、かといって絶縁しているわけではないという人って多い気がします。家族でも、合う、合わない、はありますから。だから自分に置きかえたとき、彩のような決断はできないかもしれない。でも映画館を出るときに、久しぶりに実家に電話してみようかなとか、3年に1回の帰省を2年に1回にしてみようかなとか、そんな風に思ってもらえたらうれしいなと思っています。

インタビュアー:細谷美香